cyancy’s blog

ハンドメイド販売が生業。いかにハンドメイド商品を売り込むか、日々攻略中。

金色の花房が咲くまで

 

 

久しぶりに「金鎖」という木の花が満開になりました。
この花が満開になるのは4年ぶりです。

我が家の「金鎖」は持ち主の性格に似て、かなりナナメなヤツです。

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ゴールドチェーンという名前もついています。
和訳、直訳で「金鎖」。そのまんま。
有毒成分があるそうです。鉢植えにイタズラばかりするネコが、この木に触ろうとしない。(でも写真を撮っていると気になる)

まあ、有毒っていっても主に花の後にできる種の部分のことを指すようで、園芸品種は花の種ができないようになっているのがほとんどです。私の木もタネができません。

 

今住んでいる家に引っ越してきて、最初に買ったのがこの木。
10年以上の古株です。
環境にもよりますが成長には時間がかかる木で、地植えにすれば大きくなりますが、鉢植えでも大変育てやすいのです。
地植えですぐに大きく育てたかったら、できるだけ大きい苗を手に入れましょう。

 

藤の花と同じマメ科の花。

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私はこの花が咲くと嬉しい。
輝くような黄色の花房が咲き始めると、華やかでパッと明るくなるから。

藤の花が大好きな私は、白い藤の花をいつか育てたいのだけど、花房の長さはそれぞれ個性があって、なかなか思うようなサイズが見つからないの。

紫の藤の花は、舞妓さんのかんざし。
京都にいる頃、かんざしを揺らしながら歩く舞妓さんの後姿を見て、それから藤の花を見るたびに舞妓さんを思い出す。
華やかな世界の裏ではきっと、お客さんをもてなすための厳しい修行の毎日が続いているんだろうな。
言葉を変え、姿を変え、祇園色に染まっていく舞妓さん。

芸に磨きのかかった妖艶な芸妓さんより、なぜか舞妓さんに目が行ってしまうよね。
そんな私は、今、この漫画に夢中です。 

 

 

金色の花房が咲くまで 

我が家の金鎖の木は、4年前に満開になってから、どういうワケか花房はつけるんだけど花が咲かなかった。

 

4年前、私は満開になった花を愛でてやることができなかった。
当時、私は窓を開けることはおろか、カーテンを開けることもできなかった。
それは、隣に住む住人が、精神的に異常をきたしてしまって、常に私につきまとっていたから。幻聴が聞こえ、妄想に憑りつかれ、私をなんとか懲らしめてやりたい、もしくは「殺してやりたい」とさえ思っていた節がある。
※隣人の場合は通院を拒否し症状が重くなったためそういう極端な状態になっただけで、同じ病の人でも人によって症状や状態は違います。きちんと通院して頑張っている方のほうが多いです。

私の対処は早かったと思う。私は同じ症状を持つ人の家族の手記を以前に読んだことがあった。

 

当時の私はカーテンを開けるだけで大声で怒鳴られ、辛い辛い毎日を過ごしていました。
警察にも民生委員の方にも「危険だから、あなたは家にいてはいけない」と言われ、まだ幼かったこどもを抱えて逃げ回っていました。
頼りの夫は「ま、気をつけて」と軽く言い残して会社にでかけてしまい、心配はしてるだろうけど夫はいざというときに全く頼りにならない。

 

誰かが殺しにくる恐怖は、実際にそういう目にあわないとわからない。常に殺されるかもしれない恐怖、そして常にそばにいる隣人。

 

怒鳴られ続け、姿を見るだけで体が震え出し、足はガタガタと震えたまま力が入らなくなる。

隣人が嫌いじゃないだけに、隣人の気持ちも良く分かる。
本人も家族も、本当に苦しんでいるんだと思う。そして他人にはなかなか分かってもらえない症状が多く、最終的に居づらくなって点々と住居を変えていたらしい。どんどん孤立していく一方だ。
病気・障害だから誰も悪くないのにね。でも、私は殺されるわけにいかないので逃げなきゃいけないのね。

当時私は家でハンドメイドの仕事を始めていたし、なんで自分の家に私がいてはいけないのかと苦しんだ。

「せめて病院に通って治療をして欲しい」と、私は何度も要望したが、隣人の同居する家族は「病院通いは可哀想だから」と最後まで拒否し、そのまま病人を放っておいた。
親族の愛情はときに残酷だと思う。

私は辛かったし、怖かったし、悲しかった。

満開の花が散り、2年かけて私は交渉を続けて隣人は引っ越していき、それから、PTSD心的外傷後ストレス障害)を抱えた私だけが残った。
2年という時間、小さな子どもとの宝石のような時間を「恐怖」というペンキで塗つぶされ、逃げ惑った日々が悔しくて悲しくて。


夫は私が怯えていたことなどとうに忘れ、殺意を持って追い掛け回されたことは「無かったこと」になった。
私はそれから何とか前向きに頑張っていたけど、不思議なことに、毎年楽しみにしていた金鎖の花が咲かない。
土を変えたり、日当たりの場所を考えたり、冬の間に気を付けたりしたけどどうしても花が咲かない。

そんな私は昨年、相模原障害者施設殺傷事件を見て、衝撃を受けました。
色々思ったの。殺されるかもしれない恐怖を知っているから。怖かっただろうなって。悔しいだろうなって。
そして、頑張って、毎日を本当に頑張って生きている精神障害を持つ人や家族が、この事件をきっかけに偏見の眼差しで見られたら悲しいなぁって。

 

鬱を発症した私は、夫にも心の苦しみを何も話せないまま精神科に通いました。
私が切迫早産で入院した時も「切迫早産になるのはあなたが悪い。きちんとしてたら普通に産めるハズでしょ」と、苦しむ私に言い放ったような夫に、私の心の傷を話したって癒してくれるわけがない。(2回の出産で2回とも言われた)

 

今思えば「辛かったね、本当に辛かったね。」と私に言ってくれたのは市役所の事情を知る保健師さんだけだったなー。何か言うと恨み言ばかりになってしまうから、私は何も言わなかったのに、経過を察して心配してくれました。思い出すと涙出ちゃう。

そして、今はもう、隣人を恨んでいるわけじゃない。

 

4年ぶりに花開いた甘やかな金色の花房を眺めていたら、
思い出すのも苦痛で、記憶の中に閉じ込めていた4年前の出来事が心を破ってふき出してくるのよね。

私は過去を乗り越えられるかな。
今でも私は隣人と似た背格好の人を見かけたり、似た声を聞くたびに足が震えてしまうけど。